シリーズ「世界はどうなっているのだろうか」!


 このシリーズ「世界はどうなっているのだろうか」は、現在、私達の住んでいる世界はどのような世界なのかを考える企画である。世界を知れば、私達が暮らしている日本のことを異なる視点で考えることが可能になる。歴史的に国内だけに妥当する考え方は、失敗する可能性も高い。

 日本における民主主義について、立憲主義について、憲法9条について、これらは現在の私達が受け継ぎ、展開し、発展させるものである。様々な分野の方にゲストに来て頂いて、一緒に考える企画である。


第9回「世界はどうなっているのだろうか」は同志社大学の森宣雄さんに来て頂いた。講義は「歌でまなぶ♪戦後沖縄民衆史」。今回は先生のリードで歌をうたい、声に出して、こころと体で沖縄をまなぶ講座であり、いつもより長時間であった。いつものように私の視点から少しご紹介しよう。さらに興味のある方は森宣雄さんの『沖縄戦後民衆史』(岩波現代全書)を読んでください。

 

まずは現在の沖縄を視る。米軍属事件に対する沖縄県民大会(童神)や沖縄慰霊の日の集会(月桃)においても、集会は歌で始めて、歌で終わる。これは沖縄社会が歌によって、考え方や知恵を育み、伝えてきたことの表れだからだろう。森先生によれば、沖縄は歌をうたう機会が多く、家族で毎晩のようにうたうという。このような習慣は本土にあるだろうか。「歌が盛んなのは、それが物語だからです。記録だからです。一人一人みんなの歴史だからです」(照屋林助)。

 

◎沖縄の宗教観ー「童神~天の子守歌」(1997)

参加者の中に沖縄出身の女性がおられ、本場の歌声を聞くことができた。この「童神~天の子守歌」という題からもわかるように、子供を歌っている。「子どもは天の恵み。太陽と月の光をうけて育つ。ときに嵐の吹く浮き世は、母の祈り・人の情けをうけて渡る。恵みのいのちを思って身を犠牲にして守る母や姉妹の霊力をうたった歌」。

 この歌の背景には「女が霊力をうけて、神のようになる宗教観」があり、娘が大人(霊力の高い人)になって、男の兄弟を守るという考え方がある。この考え方は、沖縄に古くからあり、古代、公私すべての祭祀・宗教行事が女性中心であった。この伝統は現在でも沖縄に生きていると私は思った。

 

◎米軍統治時代

「艦砲ぬ喰えー残さ」(1975)は現在の代表的反戦歌。「我親喰わたるあの戦。我島喰わたるあの艦砲。生まれて変わても忘らりゆみ。誰があの様しいいんじゃちゃら(し始めたか)恨でん悔やでん飽きざらん。子孫末代いぐん(遺言)さな。うんじゅん我んにん、汝ん我んにん(あなたも私も)艦砲の喰い残さ」。

 沖縄戦で生き残った人々を「艦砲の喰い残さ」と表現している。また、50、60年代のコザの風景をうたう「時代の流れ」にも、「自嘲ぎみのユーモア」があり、間接的に現状を批評している。しかも、男性から見た「解放された女性のバイタリティー」をうたっている。

 

◎復帰後:歌に表現された情・歴史・自然

戦後すぐの時、生き抜く支えは人情・恋・自然の恵みであったが、それがしだいに情・歴史・自然へと洗練していく。

 

沖縄観光のバスガイドさんに歌いつがれた「タンポポ」(1970)。政治に挫折しても、あきらめずに自然(タンポポ)に対して平和への願いを託す。「米兵に踏まれても それでも花を咲かそうとタンポポ 強く生き抜くタンポポを 金網のない平和な 緑の沖縄 みんなの願いを込めて 咲かせてやりたい」。

 

BEGIN「島人ぬ宝」(2002)は私も知っていた。目には見えない誇りや想いこそが宝である。「教科書に書いてある事だけじゃわからない 大切な物がきっとここにあるはず」。「テレビでは映せないラジオでも流せない 大切な物がきっとここにあるはずさ」。

 

森先生が「沖縄には自信がある」といわれた。おそらく、時代とともに移り行くものではない、目には見えない誇りや想いが、歌によって受け継がれているからなのだろう。そしてその伝統はうまく沖縄の民主主義の精神にも流れているように思える。 

 


第8回「世界はどうなっているのだろうか」、「現代日本人の恋愛力を問う」実践篇。講師は前回と同様に*楓さん。実践篇ということもあり、楓氏の経験、見聞そして見識からの講義であった。私の興味と関心から少しご紹介しよう。

 

◎まず、実例が挙げられた。男性に多いパターンとして、アプローチの失敗例。例えば、女性の部屋に上がり込み、2連泊した男性。この男性は女性が断れないところにつけ込み、同衾を試みるが、女性にその本心を見抜かれ、破綻する。楓氏の批評では、男性のアプローチの加減を失敗した例。

 もうひとつは、女性に多いパターンとして、「駄目な男と知っているけれど」の場合。彼女がいる男性に告白して、第2夫人のようになってしまう例。このとき、男性は「お前と今の彼女を比べて、いいと思った方を取るつもり。モテ男はつらいね」と発言したとか、しないとか。楓氏の批評では、自尊心の低い女性は、ナンパを断れないところがあるというご指摘。

 

◎次に実践篇ゆえに、楓氏作成の「恋愛力診断」をテストした。①自分の容姿②自信のレベル③これまでの恋愛、この3点から調べ、それぞれを点数化する。そしてその相関関係から診断をするというもの。ちなみに、私は自己過大評価タイプとなった(笑)。このテストの目的は、まず「自分を知ること」で恋愛ダメ病を予防することにある。まとめとして楓氏は「重要なことは、ご自身の魅力レベルを適切に把握し、それに見合ったアプローチをすることです」と述べられる。

 

◎楓氏の経験からの考察。「早生まれの一人っ子で女」は苦労するという仮説。「特に人格形成期である小学生以前に強く作用する「生まれ月」の問題と、恋愛傾向とは何らかの関連がある」と。楓氏は3月生まれで、一人っ子なのである。

 

 その後、楓氏の個人的な経験が話題になり、それに対するカフェの店長のコメントが的確であった。

「楓先生、よくぞご無事で、よくぞご無事で」。


第7回「世界はどうなっているのだろうか」は、*楓(アスタリスクかえで)氏による講義「現代日本人の恋愛力を問う!」論理篇である。ここでは私が関心をもったところを中心に少しご紹介しよう。

 

楓氏がまず取り上げたのは、婚活、すなわち「結婚するためにする活動」についてである。Youtubeには結婚相談所が配信している動画があり、「カンタン!稼げる男性かを見分ける方法!」などという文言が踊っているという。楓氏によると「婚活という場は、男性なら年収で、女性なら年齢(容姿も重要)で異性から「査定を受ける場」となっている」。なぜこのような現象が発生しているのか、楓氏の論点の一部をご紹介しょう。

 

①私たちが恋愛から遠い理由

まず厚生労働白書の統計から、言えることがある。それは結婚に対する意識が変化していること。結婚を「するべき」と考えている人の割合が35%、「しなくてもいい」が59.6%になっている(2008)。また、恋愛結婚が9割近い割合になっている(2005~2009)。

それではどうして恋愛離れしたのか。楓氏は5つの理由を挙げている。①リアル(3次元)離れ②経済的理由③ネット文化④家族関係⑤精神疾患。これらが複合的になって恋愛離れしている。①はネットによって、アイドルやアニメ、さらにアダルト動画に接することが容易になり、そこで満足を得てしまう。③はネット掲示板において、異性批判などを読み、影響されてしまうこと。④は機能不全家庭で育つことからくる、人間関係がうまくつくれないこと。

 

②理想の恋愛とは?

現状では「交際」と「結婚」が直結しなくなり、友人だけれども性交渉があったり、交際しているが、手もつないだことがない関係もある。私見では後者は、どちらかの妄想だと思うが、それがネットにより拡散して「交際」していると一時的やまわりが思う場合がある。また、LGBTやモノガミー・ポリアモリーという形態もあり、多様化している。ただ、LGBTとポリアモリー(同時に複数人と付き合う形態)などとでは、質的に異なる面があると私は思う。

 

③女性の精神的な性成熟の困難さについて

まず神話から説明される。旧約の「イザヤ書」に登場するリリスが象徴的である。彼女はアダムの最初の妻になるべき女性であったが、アダムとの逢瀬で「下になりたくない」と主張し、破局したという説がある。日本の『古事記』や『日本書紀』にも男女関係で同様な神話がある。つまり「女性は誘われるもの、性行為の際には下になるべき受身的なものという感覚があった」と楓氏はいう。このことが深く女性の性成熟を難しくしている。

 

同時に現代では、エロ本・AV・風俗業などが日常的にあふれているし、そこに初めて触れた少女の中には「男性との性的接触をする可能性」から遠ざかる時期がある。いうなら、同性への疑似恋愛のときである。

 

また、ナンシー・チョドロウの対象関係理論の考え方を紹介してくれた。それは女性は母親と同じ性であるゆえに、容易に自分のアイデンティティーを認識でき、そこで安定してしまう傾向があるという。そのために異性愛形成が難しくなる。

 

私が最も興味深かったことは、女性は男性との相性において、男性の匂いなど感覚的なことにより敏感であるという意見である。

 


第6回「世界はどうなっているのだろうか」。今回は実際に体験する企画。講師はアンジュール桃の木の店主、竹下外茂樹氏。彼はパン技術士、1級パン製造技術士であり、20年以上にわたりパンと関わって来られている。講義「原材料の説明、小麦・パン酵母など」。私の視点から少しご紹介しよう。

 

①クロワッサンの整形

用意された生地を使い、参加者は生地を伸ばし、形を作る作業をした。三つ折りを三回折ることで、27層になった生地を三カ月型になるようにした。私は生地を伸ばす時、伸ばし過ぎて、切ってしまい、失敗した。このクロワッサンの三カ月の形状は、トルコの旗からきているという逸話もある。パンの形状ひとつだけでも、歴史がある。

 

②フランスパンの整形

フランスでは、フランスパンの価格をフランス政府が決めている。これは日本政府が主食であるコメの値段を決めているのと同じだ。フランスパンは小麦、水、塩、イーストから成り、油脂などといった他のものが入っていない。それだけに材料の質が反映されやすい。竹下氏によれば、フランス産の小麦を使ったフランスパンが最もおいしいという。

 

③パンの原材料

小麦には、国産と輸入ものがある。国産の小麦はグルテンが少なく、うどんに適している。しかし、最近、北海道などではパンに合う小麦も生産されている。現在、関税により国産と輸入ものの価格はバランスが取られている。しかし、自由化すると、状況が変わるだろうと竹下氏は言われた。

 

アンジュール桃の木では、主にカナダとアメリカ産の小麦を使用し、パンを製造されている。どこの店も小麦を数種類、ブレンドして店の味を出している。ブレンドによって、味や見た目が変わる。ここにパン屋の個性と技術が現れてくる。

 

まとめ

私はパンを製造するという工程を少し体験した。知識と技術がひとりのパン技術士の中で統一され、毎日、パンが作られている。「発酵時間が長いと老化はおそい」という竹下氏の発言からも、自然から頂いた小麦を人間生活にうまく適用してきた長い歴史があることを感じる。このことは一言でいえば文化であるが、日本でのパンを食べる習慣が完全に定着していることを思わせた。職人の頭と手には世界からの知識と工夫が利用されている。熟練した人と素人との差は歴然としていて、そこに新鮮さと笑いがあった。

 

 


第5回「世界はどうなっているのだろうか」のゲストは、京大農学部の岡田直紀氏です。ご専門は森林科学。講義は「私たちはどれだけ貧しさを受け入れることができるのか」。ここでは私が興味深く思ったところを少しご紹介しよう。


①最終収量一定の法則

私が面白く先見性があると思った考え方が、この最終収量一定の法則である。この考えを述べた吉良竜夫氏は、岡田先生の先輩である。吉良氏が戦後、研究費が少ない状況下、1平方メートルあたりに、ダイズを異なる密度で植え、そしてその平均個体重を調べた。時間が経過しても、結局のところある一定の収量を超えないことを科学的に証明された。つまり、ある条件下、まばらに植えても、密植しても、収量には限界があり、その限界は一定なのである。これを最終収量一定の法則という。

 

②植物個体群の研究が示唆するもの

サワグルミは風で種子が散布され、しばしば一斉同齢林をつくるが、ミズキは動物が種子散布をし、林内に単木で生える。このように樹木は様々な方法で生きているが、どのような条件下でも、最終的には環境収容力が生物量を規定しているといえる。概して、個体密度が高いと、成長とともに個体数の減少(自然間引き)が起こる。

 樹木にとって、個体レベルでは成長過程において、いかに光を獲得するかが大きな問題になる。枝を伸ばすための空間のとり合いが起こる。つまり、空間は資源なのである。様々な環境の、それぞれの利用可能な資源量によって、個体や器官の成長、形態を制約してしまうのである。

 

③持続可能な開発
上の言葉は「環境と開発に関する世界委員会」(1987)の報告書からきていて、定義がある。「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」。先生によれば、地球上の資源の量は有限であるので、言葉本来の意味において持続可能な開発をし続けることは科学的には不可能だと言われた。この予測は吉良氏の最終収量一定の法則を適用すれば理解できる。ある調査では、1970年代にすでに地球の環境収容力を人間の資源利用が超えてしまっている。要するに、地球の資源は人間の欲望によって枯渇されようとしている。

 この状態が永続することは不可能であり、どうしても持続可能な開発をするのであれば、資源利用を抑えなければならない。つまり「私たちはどれだけ貧しさを受け入れることができるのか」という問いに直面する。

 


私の講義は「環境と文化について」。岡田先生が科学的なのに対して、私の話は思想的、文学的なものである。中心は和辻哲郎著『風土』を参考にして、私たちの精神について考えるために、講義を行った。少しご紹介しよう。

 

①まず「風土」を和辻はどう考えたのか。(『風土』は昭和3年から昭和4年までの講義をまとめたもの)

和辻はハイデガーの「有と時間」を読む中で、空間性(ハイデガーが重視していないがゆえ)という認識を再認識したと述べている。風土についても様々に述べられているが、私の理解では「風土とは単なる自然環境ではなく、その中で人間が長く歴史的に、主体的に関わってくることで、精神的に刻み込まれた自己了解の仕方である」。和辻は「風土の型が自己了解の型である」と端的に言う。ここから、日本のようなモンスーンの風土なら、日本人をその特性として受容的・忍従的にするという。

 

②日本家屋の様式はいかに作られたか。

モンスーンの風土の特徴は、暑熱と湿気である。家屋の場合、いかに湿気を扱うかが問題になる。そのために建築材料が木材、紙、泥。また、家族を最も重視している風土は、モンスーンの風土であり、特に中国、日本が該当する。

 例えば、言語において、「うち」と「そと」という言葉を使う。家を「うち」として、世間を「そと」とする。このうち・そととは、そのまま日本人の在り方を表しているだろう。

 

③ヨーロッパとの比較

日本ではいったん家屋へ入れば、「へだてなき結合」の状態になる。ふすま・障子で仕切られているが、相互の信頼の上で成り立っている。つまり、ヨーロッパのような個々の部屋の区別はない。

 日本家屋では、玄関で靴を脱ぎ、それによってうちとそとを区別する。一方、ヨーロッパの家の内部では、個々の部屋は独立していて、鍵がある。家族ひとりひとりは、家の食堂へ行く時と、街のカフェへ行く時の意識は同じである。つまり、自分の部屋の外は社会なのである。家の中の廊下も家の外のアスファルトの道も、同じように扱う。この意識はヨーロッパのポリス社会から来ていると和辻はいう。そして社会に対する公共性が、日本より高い。

 日本では、自分の家の庭は大切にするが、公園が汚れていても気にならない。すなわち、外と考えると、どうでもよく関心がなくなる傾向が強い。これはデモクラシーと大いに関係がある。

 


第4回「世界はどうなっているのだろうか」のゲストは、京大教授の髙山佳奈子さんです。先生のご専門は刑法。講義は「ナチス犯罪と国際刑事法」。題名どおり、内容も濃密でした。ここでは、すべてをご紹介できないので、私の感想とともに関心のあるものを取り上げます。

①はじめに

 自民党の議員の発言を先生が紹介されました。例えば、稲田氏「国民の生活が大事などという政治は間違っている、国のために命を投げ出すべき」。長勢元法相「国民主権、基本的人権、平和主義を廃止してこそ自主憲法」。彼らのめざす国家像は、専制国家なのだろうか。

 

②「戦争犯罪」とは

 国際刑事裁判所は国際刑事裁判所規程に基づいて設立されている。日常用語の「戦争犯罪」は、国際法では「中核犯罪」と呼ばれ、4つの類型を含んでいる。

 

○侵略の罪:戦争を始める罪。東京裁判で訴追された。

○ジェノサイド:ナチスが進めた大量虐殺などの罪。殺害以外の加害も含む。

○戦争犯罪:捕虜の扱いなどのルールに反する罪。昔からある。

○人道に対する罪:ジュネーブ条約に反してなされる、市民に対する非人道的な扱い。

 

 日本は第1次安部内閣の時、国際刑事裁判所に参加し、最大財源拠出国である。ただ、日本はジェノサイド条約に不参加である。そのためなのか、最近できたヘイトスピーチ規制法は、国際的に不十分だと見られる可能性が高い。

 

③ドイツにおける「過去の克服」

 ニュルンベルク裁判、東京裁判、旧ユーゴスラビア・ルワンダ国際刑事法廷をへて、国際刑事裁判所規程に発展している。ただ、先生によれば、広島・長崎への原爆による市民への大量虐殺は、当時の国際法でも違法である。しかし、大国の意向でまだ訴追がうまくできないらしい。

 

 ドイツ刑法では、ナチス政権下での命令に従った行為が、戦後に処罰されている。例えば、「密告者の処罰」。「反体制的言動」をなした同居人を密告した被告人を、戦後に「人道に対する罪」で起訴し、有罪。ナチス政権下で、その命令を拒否できたかどうかは、問題ではあるが、ラートブルフ公式という指針を適用している。

 

④近年の状況

 「アウシュビッツの嘘」事件。ナチスを賛美する表現活動は、日本では可能であるが、ドイツでは犯罪となる。この事件は、オーストラリアでインターネットに「適法」な主張を掲載したドイツ人が、ドイツに入国後、ドイツ法を適用されて有罪となる。

 

 国際刑事裁判所の権限は、まだ小さいが、この裁判所が犯罪に対してある程度の共通な規範を使い、裁くことができる世界になりつつある。これは世界政府への一歩だと、私は思う。

 


  私の講義「夏目漱石の個人主義と自民党改憲草案の「人」」については、選挙前ということもあり、現憲法を補足的に補う形で漱石の個人主義を述べるにとどめた。なにより、自民党改憲草案の考え方の背景を含めて、解説してみた。

 まず、漱石の視点には、江戸時代からの伝統と明治維新からの西欧化と対立があり、当時の社会全体は技術を中心に西欧化を目指していた。一方、現在は近代憲法の最高の思想を体系化している現憲法と江戸時代か、それとも戦前の世界観をもつ自民党改憲草案との対立になっている。当日は、「自由」についても述べたが、ここでは二点だけを取り上げる。

 

①自民党の草案は「天賦人権説」をやめるのか?

 

 自民党のサイトのQ&A14で、西欧の天賦人権説を改めるとはっきり述べている。天賦人権説とは、国家や集団に条件付けられる前に、人は生まれながらにして、人として尊重される権利をもつという考え方。現憲法の第13条には「すべての国民は、個人として尊重される」とある。個人とは人より、より具体的な個性を持った個人を尊重するという意味であろう。近代市民社会は、それぞれ個性をもった個人が活躍できる社会であり、そのような社会を現憲法も目指している。

 一方、草案の第13条には、「全て国民は、人として尊重される」。個人ではなく、「人」として尊重するとは、どのようなことだろうか。天賦人権説とは違う考え方から推測すると、国が与える「人」の権利だろう。つまり、「人」の権利は国が決めるという、国家主義である。

 

②漱石と現憲法は「個人」を基礎に家族、国家を考えている。草案は「家族」を中心に考えている。

 

 草案の第24条には「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は互いに助け合わなければならない」。家族を尊重する考え方が強調された時期に、戦中の1937年に刊行された『臣民の道』という本がある。この本に書かれている思想が草案の背景にあるのかもしれない。例えば、「国即家」、「家族国家」そして「八紘一宇」などの用語が使用されている。これらの用語の意味は、日本はひとつの家族であり、それが国家であるということ。国は家族である。つまり、国家主義である。草案の前文を読んでも、国家を基本的人権より重視しているように読める。たとえば、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」。

 社会の構成の最小単位が、家族であると草案は述べている。この考え方は、私見では、近代憲法ではない。近代憲法はまず、個人を尊重して、国家でも、基本的人権を侵害することができないことが中心にある。

 


第3回は京大教授の小関隆先生に来て頂きました。先生はイギリス・アイルランド近現代史のご専門です。ここでは、先生の講義「絶対平和主義と宥和政策」を聞き、印象に残ったところを少しご紹介したい。

①絶対平和主義者 CIifford Allen(1889~1939)

 絶対平和主義者のクリフォード・アレンが第2次世界大戦前、どのように立場を変えていったかを見ていく。アレンの宗教は英国国教会、大学はケンブリッジで、エリートといえる。第1次世界大戦の時、彼は良心的徴兵拒否者であり、条件付き兵役免除に認定されるが、条件を拒否し、収監された経験をもつ。アレンはこの時点では絶対平和主義者だ。しかし、第1次世界大戦の際の自分たちの活動について、彼は「孤独」や「無力」を強調して総括するようになる。

②絶対平和主義から建設的平和主義へ

 第1次大戦の終結のために、連合国とドイツはベルサイユ条約を結び、国際連盟では集団安全保障が追求された。アレン自身は絶対平和主義を放棄し、建設的平和主義を提唱するようになる。「最善」を棚上げしてでも、「次善」を追求しようとの趣旨である。

 

③アレンのズデーテン問題への対応策

 ズデーテン問題は、チェコスロバキアのドイツ系住民が多いズデーテン地方の割譲をドイツが要求したことによって先鋭化した。アレンの解決策はズデーテンのドイツ系住民に自決権を与えることと(実質的にはドイツへの割譲)、チェコスロバキアの「新たな国境線」を国際的に保証すること、この二点である。この策は世界大戦を回避するための次善の策で、言うなら宥和政策である。その後、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの四列強がミュンメンで会談し、アレンの解決策に沿ったかたちで決着する。

 

④ドイツ、プラハ侵攻、チェコスロバキア解体

 アレンはドイツがプラハへ侵攻する直前に亡くなっている。アレン自身は、おそらく、ドイツに対する宥和政策は成功したと思ったまま亡くなったのだろう。しかし、ヒットラーはチェンバレンとの約束を反故にして、プラハへ侵攻した。

 

 ここで問題なのが、宥和政策はどこまで擁護しうるのか、という問いである。この点、当日、様々な意見が出た。ただ、問題になる前に、なんとか動く必要があることは、一致した。いずれにしても、国際的な関係という大きな視点から、個人の意見をどのようにするかまで、討論は行われた。

 

 


 私の講義は、「現在から考える、夏目漱石の私の個人主義②」である。漱石自身が講演の中で第2篇と述べたところから始めた。この講演は二つに分かれていて、前半は漱石がどのようにして個人主義、すなわち自己の立脚地を確立したかを述べ、後半は学習院の生徒に対して社会でどのように実践するのかを、説明している。
①漱石の個人主義とは?

 漱石は個人には個性があり、それを活かすことが幸福であるという。つまり「仕事をして何かに掘りあてるまで進んで行く」ことが必要だと述べる。この考え方は現憲法第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」という文言に該当している。

②漱石の権力と金力についての考え方
 漱石は権力と金力、どちらも悪く使えば、とても危険なものだという。よって、権力と金力をもつ人は、修養を積んだ人格者でなければならないと述べる。人格のないものが権力を用いると、濫用に流れ、金力を使えば、社会の腐敗をもたらす。私はここで、アメリカや日本の現在の政治家やマスコミへの統制などについても述べた。

③漱石の個人主義と自由
 個性を発展させるためには、自由が必要であるが、それと同時に他人の自由を尊重しなければならない。これが漱石の個人主義である。しかし、漱石はこうもいう。「どうしても他に影響のない限り、僕は左を向く、君は右を向いても差支ないくらいの自由は、自分でも把持し、他人にも附与しなくてはなるまいかと考えられます」。

 これは第13条「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」にあたる。

④漱石の個人主義をどう実践するのか。

 党派心がなくて、理非がある主義。つまり、集団の意向だからといって、権力や金力のために盲動しないということ。何かを決めるときも、人によらず、道理を考えて決める主義である。この考え方は、現代においても、非常に理性的で、人格者でなければなかなか実行できないだろう。しかし、目指すところはこの方向だ。

 


 第2回目は、京都大学教授の小山哲さんに来て頂きました。小山さんは西洋史、特にポーランドがご専門です。今回の講義は「今わたしたちにとって、ルネサンスとはーポーランド、ヨーロッパそして現代日本」。私の印象に残ったところをコメントとともに少しご紹介しよう。

 ◎今日の問題としてのルネサンス

 まずは、昨今、日本における人文学への軽視から、かえって人文学の議論が盛んになってきている。12世紀以降、ヨーロッパの大学の基礎的な研究と教育を担ってきたのは、、自由学芸(liberal arts)であり、これを評価したのがイタリア・ルネサンスの人文主義者たちであった。彼らは「単なる人間から人間的な人間になる」ことはをめざした。この「人間的な人間」とは、徳(virtus)をそなえた人間のことで、徳とは、公共的なことにかかわる。

 ◎小山先生自身の「ルネサンス」との出会いについて

 先生が高校生の頃、世界史の先生が丸山眞男の『戦中と戦後の間』(みすず書房)をすすめられ、巻頭論文を読まれ、わくわくされたこと。また、学部生の頃『現代政治の思想と行動』(未来社)を「赤いやつ」(本が赤かったらしい)という言葉で、周りでは認知されていたというお話しは、現在、丸山の本を読んでいる私にとって、面白い逸話でした。他には、大江健三郎『同時代論集』から渡辺一夫『フランス・ルネサンスの人々』へと読書が進んだことなど。今の学生のみならず、私たちにも参考になる読書遍歴だと思う。

 ◎文芸共和国

 16世紀初頭の人文主義者のネットワークを「文芸共和国」という。文芸に対する崇拝で結ばれ、戦争と宗教をめぐる暴力の時代に、ヨーロッパの文化的統一を体現し、それを革新していった。その中でヨーロッパの情報のメディアの役割を果たしたのが、人文主義者である。例えばエラスムス。このとき、翻訳が盛んに行われ、その翻訳は読者と文化をふまえた能動的な解釈がなされている。

 ◎分裂と戦乱の時代にいかに対話し続けるか。

 モンテーニュ『エセー』(第3巻第9章)から引く。

「私はあらゆる人々を私の同胞だと思っている。そしてポーランド人もフランス人と同じように抱擁し、国民としての結びつきを人間としての普遍的な共通な結びつきよりも下位におく」。つまり、国民という属性より、人間としての共通した属性を重視していることだと私は理解した。この考え方は現代でも重要である。

 これは、私が講義した漱石の「私の個人主義」にある言葉と呼応している。

「国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段が低いもののように見える」。

 


 私の講義は「現在から考える、夏目漱石の私の個人主義」である。少しご紹介しょう。漱石のこの講演は学習院にて行われ、漱石が亡くなる2年前で、小説『こころ』完成後のことである。

 維新以来、日本社会が西欧社会に範をとりながら進むなか、漱石は「西洋化」と文化的伝統との関係を問題にした。漱石にとっては、まず文学において、その問題が集中的に現れた。西洋の批評家が述べたことは、内容がどうであれ、そのまま鵜呑みにされ、称賛されていた。これを「他人本位」とし、漱石自身もそうであった。

 漱石はその後、「文学とは何か」という問いを持ち続け、ロンドン留学に至る。そこで彼は自ら文学を追求する姿勢に気が付く。これを「自己本位」と呼び、自己の立脚地ができ安心と自信をもつようになったと述べている。

 学習院の学生に対しても、自分の本領がわからない中腰のような状態にあるなら、「自分のつるはしで掘り当てる所まで進んで行かなくっては行けないでしょう」とアドバイスしている。言い換えれば、自己の個性の発展は、国家が要求してくる水準では不可能であり、みずから追求しなければならない。

 漱石の個人主義は、自分の個性の発展には自由が必要であるが、他に影響のないようにする義務もともなうものである。また、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する主義である。

 私は漱石の個人主義を現在の日本国憲法第13条と同じ精神であると考える。

「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。


 第1回目は、京都大学人文研究所准教授の藤原辰史先生に来て頂きました。講義は「複製技術時代の食と農」。私が感銘を受けた点を少しご紹介しよう。藤原氏の学問に対する姿勢には、人間には限界があるという視点があり、この点は私も共感するところである。

 講義では、リービッヒが植物栄養をNPKに還元し、記号化し、複製することを可能にしたことを学んだ。当時、肉エキス工場では、一日平均400頭の牛から約1500キログラムの肉エキスを抽出していたと。現在、この技術は私達の食生活でも一般化している。例えば、クノールのスープなど、化学的に還元された粉にお湯をかけて食べている。

 食や農には、品種改良、緑の革命、遺伝子組み換えなど様々な分野の学問がかかわっている。ここでもベンヤミンのいう複製技術が大いに使われている。この視点からは、世界、自然の説明能力を向上させ、それに基づく社会設計が可能となる。その時、人間はどう対応したらよいのか、今後の問いである。

 


  私、水口は「日本人の発想様式と民主主義」について話した。まず、シールズの呼びかけ、「民主主義って、何だ?」というデモのコールについて、これは改めて民主主義を問いに掲げたもので、非常に健全な民主的な発想であることを述べた。そして、投票率から、世界の主要都市と京都を比較し、それほど京都は低いわけでもないことを示しつつ、世界的に投票率が低下している傾向を述べて、次の発想様式に移った。

 どのようにして、発想様式を取り出すのか。この日は聖書の創世記と古事記を比較した。神話とは、人間が最初に自分の周りの環境に意味付けする行為でもあり、その土地に住む人の発想が表現されていると仮定しての試みである。

 そうして、私達の発想様式と民主主義の精神とは、うまく折り合いがつくのか。この問いを挙げて時間が来た。

 


 参加者からは、民主主義以外によい制度、考え方はないのか、という質問も出て、もう一度、民主主義を考える機会にもなった。家で本を読んでいるだけでは、出会わない考えに直接、対話できるのは、このイベントのよい点でもある。